社会学的にいえば猥褻なるものは物の属性や実体ではない。寝室でなされる夫婦の営みは猥褻行為ではないし、学会でスライド映写される局部は猥褻物ではない。猥褻物についていえば、それが猥褻物として機能するか否から社会的文脈次第だと言わねばならない。
加えて、猥褻観念は、非性的であるべき空間や関係や対象に性的なものが持ち込まれ当てがわれる場合に生じる性的感情に関係するが、どんな社会的文脈がどんな性的感情を惹起するかは人それぞれであり、かつ感情それ自体が制御や裁きの対象になってはならない。
それは東浩紀氏の意見書が述べる近代社会の原則そのもの--外形に現れる行為のみを裁くのであって内面は断かない--に関係する。かように重大な事柄であるがゆえに、近代国家の多くでは、猥褻規制という表現規制でなくゾーニング規制が採用されてきたのである。
via www.miyadai.com
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