前回の続きです。
高校卒業後、大学に進学、、、っていうことがピンと来ないまま、なんとなく進学したほうがいいのではないかとおもって予備校に行くも高校のときに本格的に再開したギターを弾きつづける。予備校在学中(駿台の四谷)は迎賓館のベンチで寝てると友人の起こされてお茶の水のESP(その友人がインギーファンで、ESPでスカロップド加工のギターをオーダーしていた関係。予備校卒業後、どうしてんだろうか)でギターを良く弾いてました。その後大学進学を止めて(記念に受験はした)音楽の専門学校のようなところに行くも折しもバンドブームのあとで、そのころからフランクザッパ、ギルエバンス、渡辺香津美、小川銀次、などなどインストルメンタル、テクニカル、ヒネクレカル(笑)な音楽(もともとジャズが好きだったんだから、このときにジャズをやらなかったのがなんでなのかまったくわからない。その後ジャズについては復活するんのだけど)を趣向してる僕は友人が一人もできずさすがに困った(ある職種に付きたくて専門学校に行きたいとおもっている学生のみなさん。専門学校は次のポイントで選びましょう。1・就職の実績が多くある。2・その就職の実績先が自分の行きたいところと略まる被りする。3・学校にも特色があるので、授業の内容カリキュラムは自分の能力と相関的に必要なものが揃っているか判断する。その上で、学校の同じ学年で上から10番に入るつもりでやりましょう。というか入れれば確実にその職にとりあえずは付くことができるとおもいます。そういう意味では大学よりも確実でしょう)。
とはいえ、なにも活動できないわけいにはいかないので、自宅録音を始める。主に自主映画に音楽を提供したり、音効をやったりして過す。平行して、ファミリーレストランでバイトを開始するが、5年もファミレスでバイトするとはおもってなかった。その後、水泳のコーチ(契約社員)、骨高度の測定員(水泳コーチと同じ会社でバイト)と自分でも良くわからない仕事をする(とはいえ水泳コーチはとっても有意義だった)。
その後、水泳コーチ時代の上司のお父さん(笑)から、日本ユニソフトというユニックス系のコンピューター会社にリナックスを使ったオールインワンサーバのサポート員としてネットワークエンジニア、システムエンジニアとして、行き成り就職する。当時「cdってなんですか? lsってなんですか?」っていうレベル。音楽制作でマックはつかってましたし、OSのインストール(当時はマックにいろいろ入れては消し入れては消しとやってました。なので各種OSの設定くらいはできた。一時期はDos/Vマシンも持ってたし)程度の知識で良くやったな俺。と今でも不思議に思うが、この次期の同僚とか先輩は本当に素晴しく、コンピューター業界の魔法使いみたいなレベルの人はこの次期に大抵見てしまったので、後々滅多なことでは驚かなくなっていたし、「本当に優秀な人は、きちんと聞くととても分かり易く教えてくれる」と言うことも知ることができた。ホント、この会社が僕にとっての大学でした。ありがとうございました。
日本ユニソフトがトレンドマイクロと提携(ipTrendという社名になりまいた)し、その後吸収されてしまうのに従ってトレンドマイクロに自動的に移籍。初の上場企業。とはいえ、いろいろ考えるところがあって、その年の暮れには退職する。
社会人としての下地は基本ファミリーレストランと水泳の先生時代が得るものが多きかったです。SEについては日本ユニソフトの皆様に育てていただきました。ここの経験がなければ今は本当にないとおもいます。はい。
というわけで、そんな感じでまだ続きます。
次回はSixApart前から現在くらいまで。
